WORLD MASTERPIECES ATLAS
まず大前提。『睡蓮』は一枚の絵ではありません。モネが晩年、約250点も描いた連作全体の通称です。中でもオランジュリー美術館に収蔵されている8枚の巨大パネル群「大装飾画(Grandes Décorations)」が、最も重要で、最も有名な『睡蓮』です。
この8枚は、全長約91メートル。楕円形の2つの部屋の壁面全体を覆っています。部屋に入ると、空も、大地も、地平線も消えて、池の水面だけが360度あなたを取り囲む。絵の中に「入る」という経験ができる、数少ない絵画空間です。
驚くべきは、モネが80代の白内障を患いながら、ほぼ視力を失った状態でこの絵を描き続けたこと。晩年の絵は色使いが激変していて、黄土色や赤茶色が多用されているのが特徴です。これは視力低下による色覚の変化が反映されたとも言われますが、同時に、「見える」ことを超えて「感じる」色を描いたともいえる。抽象絵画が生まれる直前の、印象派の最後の実験です。
大装飾画の制作が始まったのは1915年。第一次世界大戦の真っ最中です。ジヴェルニーにあるモネの家は、戦線から約50kmしか離れていない。夜になると大砲の音が聞こえ、傷病兵が街道を流れていった。
モネはこの時75歳。当初は「こんな時代に絵など描いていていいのか」と深く悩んだと言われます。でも彼は、戦争の反対側にあるもの——沈黙と美——を人々に差し出すことこそ、老画家の役目だと結論します。
「私はこの絵を、戦争で傷ついた国に捧げたい」——1918年、モネが友人クレマンソーに宛てた書簡より要約
1918年11月、戦争が終結した日の翌日、モネはフランス首相ジョルジュ・クレマンソー(画家の親友でもあった)に手紙を書き、完成した大装飾画を国家に寄贈したいと申し出ました。条件は一つ——「これらの絵が、部屋ごと一体として展示される場所」を用意してほしい、というもの。
交渉の末、チュイルリー公園の南端にあるオランジュリー(元王室オレンジ温室)が改築され、大装飾画専用の展示空間として整えられることになりました。楕円形の2つの展示室——これは睡蓮の池の形にインスパイアされたもので、モネ自身が設計に深く関与しました。
クロード・モネは1840年11月、パリに生まれました。印象派の画家たちの中では最年長に近く、そして最も長生きしました。享年86歳。セザンヌ67歳、ゴッホ37歳、ゴーギャン54歳、ルノワール78歳と比べると、ずば抜けた長寿です。
若い頃のモネは貧困と失敗の連続。1870年、普仏戦争で召集されて亡命、最初の妻カミーユとは正式結婚できずに子をなし、1879年にはカミーユが32歳の若さで死亡。経済的にも極貧で、一時は自殺を考えたとも言われます。
転機は1883年、ジヴェルニーに移住したこと。セーヌの支流エプト川沿いの小さな村で、最初は借家で暮らし、1890年に土地を購入。ここで日本庭園風の池を造り、睡蓮を植え、太鼓橋を架けた。これがモネの後半生の舞台となります。
2度目の妻アリスと、連れ子も含めた大家族で幸せな時期も訪れました。印象派の人気が徐々に上がり、モネは中年以降に経済的成功を手にします。
しかし晩年は試練の連続。1911年に妻アリスが死去、1914年には画家だった長男ジャンが亡くなります。そして1912年、医師から白内障を宣告される。以後、視力は徐々に低下。1923年にようやく手術を受け、ある程度回復しましたが、最晩年の絵は色の記憶と手の感覚だけで描かれたとも言えます。
それでもモネは描き続けました。1926年12月5日、大装飾画の最終調整を終えた数ヶ月後、ジヴェルニーの自宅で86歳で静かに亡くなりました。
大装飾画が一般公開されたのは、モネ死去の翌年、1927年5月17日。モネ自身は完成した部屋を見ることなく亡くなりました。
しかし、この絵は長らく「時代遅れ」とされて冷遇されます。公開の頃、美術の世界ではすでにピカソのキュビスムや抽象絵画が主流。「老画家の甘い感傷」と見なされ、批評家の評価は低かった。
第二次世界大戦中(1940-1944)、ドイツ占領下のパリ。幸いオランジュリーは大きな被害を受けず、大装飾画も無事に残りました。しかし1959年、建物の2階にピカソやモディリアーニなどのコレクションが増設されることに。その結果、大装飾画の展示室には自然光が入らなくなり、電気照明のみになった。モネが意図した「自然光が入る空間」は、一度失われました。
再評価の流れは1950〜60年代、ニューヨークから始まりました。抽象表現主義の画家ジャクソン・ポロックやマーク・ロスコが、モネ晩年の抽象性を「抽象絵画の先駆者」として再評価。以降、モネの睡蓮は美術史上の重要作品として位置づけ直されます。
そして2000〜2006年、オランジュリー美術館は6年間閉館して大規模改修を実施。2階の増築部分を撤去し、モネが設計した自然光の注ぐ空間を復元。現在は、モネが100年前に夢見た通りの「絵の中に入る」体験ができる空間として、世界中から訪問者を迎えています。
パリを訪れたら、朝一番にオランジュリーに行ってみてください。楕円形の部屋の中央のベンチに座り、ただ黙って20分。自分という輪郭がゆっくり溶けて、池の水面に染み込んでいく感覚——それが、モネが大戦で疲弊した世界に差し出した、静かな処方箋です。
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