WORLD MASTERPIECES ATLAS
モナ・リザがなぜこれほど有名なのか——実はこの問い自体が、この絵の秘密を解く鍵です。美術史家の間でも「技術的にはもっと優れた作品がある」と言われることがあります。それでも世界中の人がパリに行ったらまず会いに行く。
その理由の一つは、この微笑の「どこから見ても目が合う」という現象です。ダ・ヴィンチが開発した「スフマート」という、輪郭をぼかして霞のように色を重ねる技法。この技法で描かれた口元と目元は、見る角度によって表情が変わるように感じられる。500年前の絵なのに、まだ誰も正確には「何を考えているか」言い当てられない。
10秒、黙って正面から見てください。それから少し右に寄ってみる。表情が変わった気がしたら、それがダ・ヴィンチがあなたに仕掛けた罠です。
モナ・リザが描かれ始めたのは1503年頃のフィレンツェと言われています。ルネサンス最盛期、メディチ家は一時追放中で共和制、ミケランジェロが『ダビデ像』を彫っていた同じ街、同じ時期です。
当時のイタリアは都市国家の連立状態。戦争が頻繁にあり、画家たちは傭兵隊長の肖像や宗教画で生計を立てていました。ダ・ヴィンチはこの時すでに50歳を超えた「万能の天才」として知られた有名人。絵画だけでなく、解剖学、工学、軍事技術、水利、植物学まで手を出す——しかも作品の完成度より観察に夢中で、途中で放り出す癖があった。
「どこへ行っても『未完成』と言われる男だった」——当時の評伝より(ヴァザーリの記述を要約)
モデルはフィレンツェの絹商人フランチェスコ・デル・ジョコンドの妻リザ・ゲラルディーニとされています(諸説あり)。「モナ」は「マドンナ(奥方)」の略で、つまり「リザ夫人」という意味。フランス語圏では「ラ・ジョコンド」と呼ばれ、これは「ジョコンド家の女」の意。
ダ・ヴィンチは1452年4月、フィレンツェ郊外ヴィンチ村で庶出子として生まれました。父は公証人、母は農民の女性。正式な学校教育を受けず、独学で文字を学び、しかも左利きで鏡文字を書いた。
14歳で画家ヴェロッキオの工房に入り、そこでボッティチェリやペルジーノと同窓生になります。師ヴェロッキオはダ・ヴィンチの絵を見て「もう筆を折る」と言ったという有名な逸話がありますが、これは後世の伝説とも言われ、実際の真偽は不明です。
ダ・ヴィンチの人生最大の特徴は「完成させない」こと。現存する絵画はわずか20点弱しか確認されていません。注文を受けても、途中で解剖に夢中になったり、飛行機械の設計を始めたりして、絵を仕上げないまま納期が過ぎる。依頼主との訴訟沙汰もありました。
しかしモナ・リザだけは違った。1503年頃に描き始めてから、1519年に亡くなるまで、16年間ずっと手を入れ続けたと言われています。彼は晩年フランス王フランソワ1世の招きでフランスに移住し、この絵を持っていった。死の床にもこの絵があった。
なぜ手放さなかったのか。依頼主に納品しなかった理由は、今もわからない。ダ・ヴィンチの「解けなかった謎」として、この絵は彼の棺と共にフランスに渡ったのです。
ダ・ヴィンチの死後、モナ・リザはフランス王フランソワ1世が購入したとされ、以降ずっとフランス王室のコレクションに。フォンテーヌブロー、ヴェルサイユ、そしてナポレオンの寝室まで旅をしました。1804年、ルーヴル美術館が開館するとここに移され、しばらくは専門家の間で評価される一枚に留まっていました。
運命が変わったのは1911年8月21日。ルーヴル美術館の警備員が、モナ・リザが展示室から消えていることに気づいた。犯人はヴィンチェンツォ・ペルッジャというイタリア人の元ルーヴル職員。「イタリアの絵はイタリアに返すべきだ」という愛国的動機で、作業服の下に隠して持ち出したのです。
「イタリアの絵はイタリアの土へ」——犯人ペルッジャの供述より
盗難事件は世界中で報道され、逆説的にこの絵を超有名にしました。2年後の1913年、ペルッジャはフィレンツェの画商に売却を試みて逮捕。絵はイタリア国内をツアー展示された後、フランスに返還されました。この事件がなければ、モナ・リザは今の知名度にならなかったとも言われます。
その後も、1956年に酸や石が投げつけられる事件、2009年にロシア人女性がマグカップを投げつける事件など、受難は続きました。現在は防弾ガラスのケースに収められ、ルーヴル美術館「国家の間(Salle des Etats)」の壁に単独で展示されています。年間訪問者は約1000万人(ルーヴル全体)、その約8割が「モナ・リザを見るため」に来るとも言われます。
もしパリに行くなら、朝一番の開館直後を狙ってください。混雑を避けられれば、防弾ガラスの反射越しであっても、500年の時を超えた視線と向き合うことができます。
次は、どの画家に会いに行きますか。
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